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しばらくの間、スマホからの閲覧はこちらでどうぞ。

首吊り峠鉄塔編

首吊り峠鉄塔編

執筆者:WOO

恐怖度:

いよいよ、関東遠征2日目の最後の探索地、首吊り峠に向かいます。
ここは、以前より地元で有名な自殺の名所です。
かつて、私の知人がこの場所を通ることがありました。
「いつ来ても気持ちの悪いところがある」と言っていました。
本人も、その理由がわからず疑問に思っていたそうです。
ある時、この周辺に住んでいる方から、ここが昔から知られている自殺の名所であるということを聞いたそうです。
首吊り自殺が多発する場所から、地元では首吊り峠と呼ばれています。
また、その後聞いた話によると、この山の中で特に自殺が多い場所があります。
そこは、この山の中の高圧送電線の鉄塔付近で起こっているそうです。
この周辺は、自殺の名所といわれる他に、火葬場、動物火葬場、墓地、動物霊園があります。
私たちは、自殺が発生すると言われている鉄塔付近と、火葬場周辺を探索することにしました。
今回は、首吊り峠(鉄塔編)をレポートしたいと思います。

探索日時 平成15年8月12日 午前4時頃
探索メンバー 管理人ピフィアさん、副管理人kuniさん、私(WOO)の3名

 

首吊り峠に到着しました。
車を降ります。
今回、ピフィアさん、kuniさんは、当然ながら、初めてここに来ました。
私が、ピフィアさんに周りの雰囲気について聞くと、「ちょっと前に雰囲気が変わった」と言っています。
ピフィアさんが言った、「雰囲気が変わった場所」というのは、実は私の知人が、「嫌な雰囲気」を感じた場所だったのです。
写真には、いくつかのオーブが写っています。
この周辺で亡くなった自殺者の霊でしょうか・・・。

車を駐車した場所から、少し歩きました。
写真の方向(森の先)は、動物霊園があります。
ここでもはっきりとしたオーブが写っています。
写真には、いくつかの発光体が写っていますが、この方向には照明、反射物体はありません。
また、よく見ると人の顔のようなものも写っている気がしますが・・・

さらに、先に進みます。
この写真は、ピフィアさんが気になって撮影したものです。
やはり、いくつかのオーブが写っています。

先ほどの場所から、さらに歩いてきました。
ここが、自殺が多発する山への入り口のようです。
ここからが、本当の探索の始まりです。
周りは、照明も無く真っ暗。
最初の写真と同じ場所ですが、夜になるとこのように雰囲気が変わります。
この写真では、オーブ、かなりはっきりした発光体、また、私には、複数の人の顔が写っている気がします。
特に、写真上の方の中央より左に、なにか顔のようなものが写っています。
また、赤っぽいオーブが写っています。
私が以前読んだ、心霊関係の本で、白いオーブは比較的安全だそうですが、黄色、赤などの色は注意が必要と書かれていました。
私たちは、このようなオーブが近くにいたということを知らずに、進んでいくことになるのです・・・。
 

上と同じ場所からの撮影です。
どうでしょうか、これから進もうとしている首吊り峠は、実際には、こんなに暗いのです。
はっきり言って、一人ではこの場所には来られません。
ちなみに、正面にある黄色いものは、車幅制限のバーの反射したものです。

首吊り峠の、山の中に入りました。
照明も無く真っ暗です。
LEDライトの光だけが頼りです。
気配は感じられないのですが、ここは自殺の名所、正直・・・怖いです。
写真を見ると、オーブがいくつか写っています。
この写真でも、人の顔・・・のようなものが写っている感じがしますが・・・。

山道を進んでいくと、いきなり視界が広がりました。
山の中の畑のようです。
ここでも、オーブのようなものは写っています。
私たちの目指す、自殺の起こる鉄塔はこの先に存在するのでしょうか。
写真を見て思ったのですが、この道の先、何か雰囲気が違うような気がしますが、気のせいでしょうか・・・。
 

私たちは、畑の中の道を進みます。
すると、進行方向左側に何かの貯蔵庫のようなものを見つけました。
この貯蔵庫は、この辺りにいくつかあります。
防空壕ではないと思いますが・・・

貯蔵庫の様な穴を、ちょっと覗いてみます。
人が入れる位のスペースがあり、防空壕のような感じも、しないでもないですが、ちょっと、それとは雰囲気が違うような気がします。
本当の使用目的は、何なのでしょうか。
 

貯蔵庫のある辺りから、さらに先に進みました。
正面を見ると、木のトンネルのような場所があります。
この時、ピフィアさんが「ここは、明るさが違うね」と言いました。
私も、この場所は、今までの雰囲気とは、ちょっと違う感じがします。
さらに、この場所にさしかかった直後、kuniさんが、「今何か、影がス〜ウと動いて行った」と言っています。
私は、動く影を見ることが出来ませんでした。
写真を見ると、オーブのようなものが薄っすらと写っています。

 

道を進んでいくと、先に明かりが見えてきました。
どうやら私たちは、住宅地の近くまで山を降りてきてしまったようです。
鉄塔のある場所から、かなり離れてしまったようです。
私たちは、もう一度山を登り、鉄塔を目指すことにしました。
写真には、はっきりとしたオーブが写っています。

先ほどの、木のトンネルの場所まで戻ってきました。
写真は、先ほどとは反対側の、下側から撮ったものです。
前方に、発光しているものが見えますが、この場所には一切、照明はありません。
私たちは、「この辺りで影が動いていくのが見えた」などの話をしながら、進んでいきます。
この場所を通り過ぎようとした時!!「カタン」と何か落ちる音がしました。
後ろから、「あっライトが落っこちた!」と言うピフィアさんの声がしました。
聞いてみると、ピフィアさんの、首から提げていたライトが、落ちてしまったそうです。
ピフィアさんによると、ライトの落ちた原因がわからないそうです。
そこで、ライトを下げていた金具を見てみると、確かに簡単に外れない構造になっていました。
私も実際、手で外したり、押したりしましたが、うまく外れません。
手で外しても、うまく外れないライトがなぜ落ちたのか・・・これは今でも謎です。

私たちは、山道を登り、先ほどの畑の中の道と分岐する形で、別の方向に伸びる道を見つけました。
上をみると、高圧送電線のケーブルがそちらの方に向かって、延びています。
どうやら、この先に目的とする鉄塔があるようです。

高圧送電線の下を通り、進んでいます。
やはり、この道で間違いないようです。
写真には、いくつかのオーブが写っています。

私たちは、夏の夜の山道を進んでいます。
遠くに町の明かりが見えます。
この辺は、高台で視界が広く、遠くまで見ることができるようです。
実は・・・写真のこの場所辺りで、私は足の後ろを触られるような感覚を感じました。
すると!kuniさんも同じ事を言っていました。
この辺は、霊気が強いのでしょうか。
それとも、気のせいだったのでしょうか。

先へ進んでいくと、急に草が高く伸びている場所があります。
道も草の中に埋もれている箇所があり、歩きづらくなってきました。
この写真ですが、いくつかのオーブが写っています。
この中で、白いオーブのほかに青、黄色のオーブもあります。
先ほども触れましたが、黄色のオーブは確か・・・危険なオーブだったような気がします。
この時、私は特に強い気配を感じることはありませんでしたが・・・
これらのオーブは、ずっと私たちに憑いて来ているのでしょうか。

しばらく歩いていくと、山道から急に広い場所に来ました。
周りは、木に囲まれています。
正面を見上げると、木々の間から高圧送電線の鉄塔がありました。
これが、私たちが探していた自殺が発生する鉄塔なのでしょうか。
鉄塔を写した写真ですが、多くのオーブと思われる球体の他に、いくつか発光体があります。
 

高圧送電線の鉄塔を見上げています。
写真には、同じくオーブ、発光体が写っています。
この写真には、先ほどの赤いオーブ、黄色のオーブは写っていないようです。
私たちは、この場所を調べることにしました。

この場所は、写真のように小さい広場のようになっています。
周囲は、木々で囲まれています。
鉄塔の下に行く為、道を探しましたが、木や草で道が塞がれていました。
残念ながら、これ以上鉄塔へはすすめません。
他のルートも探しましたが、道らしきものはありませんでした。
しばらくの間、この場所にいましたが、今まで風も無く静かだったのが、急に辺りがザワザワしてきました。
ピフィアさんが、「周りがザワザワしてきたから、もうそろそろ戻った方がいいかも・・・」と言いました。
雰囲気が変わってきたのでしょうか。
この写真に、赤いオーブが写っています。
首吊り峠の写真の中で、一番はっきり写っています。
やはり、私たちの後を憑いてきていたのでしょうか。
赤いオーブは、私たちに敵意(怒り)を持っているのでしょうか。
私は、他にも何か写っているような気がします・・・

ピフィアさんの話の通り、少しずつですが、周りのざわつきが、大きくなってきています。
私たちは、この場所を離れることにしました。
ここは、この場所で行き止まりのようなので、来た道を戻ることにします。
大きくなってきている、周りのざわつきの中を進んでいます。
すると、いきなり強い風が吹いてきました。
この風は、霊的な現象なのでしょうか。
写真は、ちょうど強い風が吹いた辺りで撮影しました。
オーブらしきものは写っていませんが・・・

私たちが、戻ってきた道を振り返ります。
この先に高圧送電線の鉄塔がありました。
この写真では、あの赤いオーブは写っていないようです。
風は、先ほどより弱くなりましたが、吹いています。

私たちは、首吊り峠入り口まで戻ってきました。
この場所は、動物火葬場と霊園があります。
写真には、いくつかのオーブが写っていますが、赤と黄色のオーブは、写っていません。
これで、首吊り峠(鉄塔編)の探索は終わりになります。
私たちは、更にこの辺りにある火葬場周辺を探索することにします。
実は・・・この火葬場周辺で、私は過去に不思議な体験をしました。
この話は、今度ゆっくりと首吊り峠(火葬場編)でお話したいと思います・・・

 


☆編集後記☆

 

このレポを作成中、体調不良、PCのフリーズや、運気の急激な低下などが起こり、思うようにすすみませんでした。
レポを書いている時、頭痛がしたり、腰痛、肩の痛み、腰の痛みなどがありました。
また、写真を見ながら書いているので、写真を選んでいると途中で、ノイズが入り中断。
最近では、近くに置いてあった台が、普段は何も音がしないのですが、いきなりギシギシと、まるで人が座っている時に出るような音がしていました。
ある時、外を歩いていると、後ろから強い気配がしました。
ふと、後ろを振り返ると・・・そこには誰もいないんです。
でも、確かに人の気配がするんですね。
一番初めの写真を撮りに、昼間ですが現地に行ったんです。
その時、何枚か撮影したんですが、この場所を離れる時に、なぜか足が重くて思うように歩けないんです。
結局、撮影結果が良くない為、2度撮影に行ったんですが、2度とも同じ状態でした。
実は、この編集後記を書いている時も、頭痛と背中の痛みがあります。
正直、このレポについては、今後あまり触れたくありません。
このレポをご覧になられた方で、もしかすると場所がわかる方がいると思います。
この周辺は、住宅、病院等があり、行動によっては通報の恐れがあります。
また、私自身が感じたことですが、この場所はかなり危険かも知れません。
できたら、近づかないほうが良いと思います。
情報収集部長:WOO

ホテルサンヒルズの探索を終えた私たちは、次なる探索地である「首吊り峠」に向かいました。
ここは当初予定にはなかったのですが、この日同行したWOOちゃんが掲示板などでしきりに薦めていたため、探索スケジュールに加えたスポットです。
感想を言えば、「当初考えていたよりもずっと濃厚だったな〜」という感じです。
廃墟と違い、開放的な自然系のスポットというのは、心理的な圧迫感も少なく、少々甘く見てしまいがちですが、決して侮ってはいけませんね。
レポ中にもありましたが、不思議なことが3つ起こりました。

1.ライトの落下。
 
実は落下したライトは私が師匠に貸していたものですが、どう考えても落下することは考えられません。
新品のネックストラップのフックはとても丈夫で壊れた様子はなく、故意に外さなければまず落下することはあり得ません。
ライト側のリングにも異常はなく、私たちはキツネにつままれたような気分になりました。

2.私の左腕に触れたのは何なのか?!

触れられてすぐに私は左手後方を振り返りました。
触られたのが頭であれば、道脇の木から垂れ下がった枝などに触れる可能性はありそうですが、どう考えても腕に触れる高さにはなにもなく、非常に不思議な思いでした。
ちょうどその時、WOOちゃんも足を触られたと言います。

3.突如、吹き出した強風。
 
鉄塔周辺がざわつき始めたので、私たちは撤収することにしました。
なにかが迫ってくるような感覚。
そして、徐々に吹き出した風が次第に強くなり、ついにはかなりの強風になりました。
今まで無風だったのに、あんなに急に強風が吹くことがあるのでしょうか?
しかもそれは現場から少し離れるとすぐ収まりました。
これらは一体何者の仕業なのでしょうか?
関東遠征2日目、1番のスポットはここだったのかもしれません。
副管理人:kuni

今回の探索場所である首吊り峠にはWOOちゃんの紹介で探索を行ったのですが、私は想像ではそれ程たいした場所ではないと思っていたのですが、現場に到着すると確かに嫌な雰囲気が漂っていました。
嫌な雰囲気が漂っていると言うより、ある場所を境に急に雰囲気が変化したと言う方が適切な表現なのかもしれません。
私は数多くの心霊スポットと呼ばれている場所を探索してきているので、探索の時には常に過去に探索した場所と現在探索している場所とを比較して危険度を考慮するのですが、この場所は今まで探索してきたどの場所とも違う雰囲気でした。
今まで探索してきた場所の雰囲気と違うからと言って、この場所が特に濃い場所という雰囲気は感じられませんでしたが、未知の気配が漂っているので慎重に進む事にしました。
山道を歩いている時は、湿気とは異なる嫌なネットリした感覚が有り気持ち悪いです。
途中kuniさんとかWOOちゃんが何かに触れられたと騒いでいましたが、私は特に触れられたりはしませんでした。
触れられる事は無かったのですが、首からぶら下げていたライトが突然地面に落ちた時にはビックリしました。
紐が切れてライトが落ちたのなら別にビックリしないのですが、紐も切れてなく留金も破損した様子も無いのにライトが落下したのですから・・・
ちなみに留金から自然に外れる事は考えられない構造になっているのに。。
今回この場所では視覚では霊の姿を確認する事は出来ませんでしたが、いろいろ不思議な体験はしました。
その現象の多くは私達の突然の進入に腹を立てたと思われる現象が多かったように思えます。
ここは霊達が安らかに休息する神聖な場所だったのかもしれませね。

管理人:ピフィア

04:00||--pookmarktop
首吊り峠火葬場編

首吊り峠火葬場編

執筆者:WOO

恐怖度:

首吊り峠で、自殺が多発している高圧送電線の鉄塔を後にした私たちは、次に同じ首吊り峠の一帯にある火葬場を探索することにしました。
この火葬場周辺では、特に噂は聞いたことがありません。
今回の探索のきっかけは、私自身の体験によるものです。

今から15年位前、この辺りは、今のように開発されていませんでした。
木々が多い、山の中という雰囲気でした。
私はこの時、この近くに用事があり、この場所に来ました。
火葬場の裏は、当時山道のようでした。
この場所にいると、何か雰囲気が違う。
昼間で、人が一人もいないのですが、何故か人が多くいるような感じがしました。
まるで、姿は見えないのですが、ザワザワいるような雰囲気でした。
この時は、「なぜ人がいない場所で、このような感じがするのだろう」と不思議に感じながらも、特に恐怖感と言うものはありませんでした。
この時は、この場所周辺が首吊り峠であることは、全く知りませんでした。
それから数年後・・・。
今度は、車でこの周辺を通ることがありました。
夜間、この場所に車を停め、道を調べていると、姿は見えないのですが、やはり車の周りに多くの人の気配がしました。
しかも、15年前よりも強く・・・。

私は、何かプレッシャーの様なものを感じ始めたため、この場所を離れました。
さらに数年後、やはりこの場所を夜間通る機会がありました。
やはり、周りには人は誰も居ません。
しかし、火葬場裏に差し掛かった瞬間、いきなり雰囲気が変わりました。
今まで体験したことの無い、凄いプレッシャーと恐怖感があり、全身鳥肌が立ち、思わず車を停めました。
すると、フロントガラス前方、何も見えていないのですが、風が吹いているような感じがします。
その風は、火葬場の倉庫のような建物から、火葬場の建物の裏に向かって吹いているようでした。
その風は、何故かその時、この世のものではない、死後の世界から吹いているような感じがしました。
私は、直感的にこのままこの場所に居ることは、絶対的に危険と感じました。
一刻も早くこの場所を離れなければ・・・と思い、あわてて車を走らせました。
私は、周りを見ずに進んでいく方向、しかも必要最低限の場所しか見ることができませんでした。
それは・・・、それ以外の場所を見ると、絶対に見てはいけないものを見てしまうような気がしたからです・・・。
その後、知人よりこの一帯が、地元でも有名な首吊り峠であることを聞きました・・・。

今回は、私が恐怖の体験をした火葬場周辺を探索したいと思います。

探索日時 2003年8月12日
探索メンバー 管理人ピフィアさん、副管理人kuniさん、WOOの3名

 

首吊り峠の、鉄塔周辺の探索を終え、今度は、首吊り峠付近にある火葬場周辺を探索します。
目指す火葬場は、写真前方にあります。
私は、ご紹介した様に火葬場周辺で何度か恐怖体験をしました。
この場所に来るのは、その体験後初めてです。
私たちは、無事に探索を終えることができるのでしょうか・・・
火葬場に向かって、ゆっくり歩いていきます。
夜明けが近い時間ですが、辺りはシーンとしています。

火葬場の横を通り、火葬場の裏まで来ました。
ここは、現在写真の様に造成され、公園のようになっています。
15年前は、山道になっていました。
私は、この周辺で多くの人の気配を感じました。
その時に比べ、やはり雰囲気は違いますが、弱いような感じがします。
夜明けも近い時間なので、この様に感じたのでしょうか。
写真には、オーブが写っていますが、その他に人の顔のようなものが、写っている気がします・・・

同じ位置で、今度は火葬場の方向を見ています。
木の向こう側には、火葬棟(火葬炉のある建物)があります。
やはり、オーブが写っていますが、その他にも人の顔のようなものが写っている感じがします。
火葬場という施設と何か関係があるのでしょうか。

火葬場の反対側を見ています。
整備される前は、この辺に駐車場がありました。
以前、ここに車を停めていたのですが、車の周りから、多くの人の気配がしてきました。
それは、車の周りを囲まれている感覚でした。
探索の日は、どういうわけか、気配が弱い感じがしました。
空がほんの少し、明るくなってきているようです。

 

今度は、いよいよ私が以前、恐怖の体験をした場所に入っていきます。
遊歩道(公園)を進み、火葬場の裏門を入っていきます。
その時!!体にピリピリッと来ました。
と、同時にピフィアさんが、「ここ、ピリピリ来るでしょ」と言われ、驚きました。
感覚としては、体に弱い電気がピリピリ走ったようなものだと思います。
ピフィアさんは、「このフェンス(写真に写っている黒い門)が、結界の役目をしているのではないか」と言っています。
私は、その結界を通過したのでしょうか。
もう一度、確かめるため、いったん門の外へ出て、再度入場しました。
すると、先ほどと同じく、体にピリピリした感覚があります。
私は、このフェンスを界に見えないバリアーのようなものがあり、フェンスの外側と、内側とでは、雰囲気が違うのではないかと考えました。
写真には、オーブが写っています。

同じ位置から、フェンスを撮影しています。
現在、この周辺はご覧のように、かなり開発され、道が整備され、照明がつきました。
以前の山道の様な雰囲気から、かなり変わりました。

フェンスの場所から反対側を見ています。
私は、過去にこの場所で、全身鳥肌が立つほどの強いプレッシャーを感じました。
探索の日は、いつもより気配が弱い感じがしました。
正面を見て左側に、オーブのようなものが写っています。
空がほんの少し、明るくなってきています。

 

私たちが今、立っている場所から右側を見ています。
写真の反対側(私たちが、背を向けている方向)は、火葬場の火葬炉の作業室がある場所になります。
私は、この方向から、反対側の火葬場の作業室に向けて、何か見えない風が吹いている感じがしました。
その風と共に、凄いプレッシャーを感じました。
やはり、雰囲気はその時に比べ、ずっと弱いです。
写真に写っている白い建物は、火葬場の倉庫なのでしょうか。
火葬場には、火葬の残灰(焼骨などの残りの灰)を一時的に保管する場所があるそうですが、そのための倉庫なのでしょうか・・・
写真には、オーブのようなものがいくつか写っています。
また、写真左上の方に何人か、顔のようなものが写っている気がします。

 


同じ場所からの撮影です。
今度は、森の方を見ています。
薄っすらとですが、オーブのようなものと、顔のようなものが写っている気がします。
前方に、ロープのようなものが見えます。
ピフィアさんが、ロープの先の雰囲気が良くないと言っています。
私も、その様な感じがしました。
このロープの先には・・・行かない方がよいと思いました。

 


☆編集後記☆

関東遠征2日目、最後の探索地である首吊り峠のレポートが終わりました。
過去に強い多くの人の気配を感じて以来、噂を聞くまで疑問に思っていた場所でした。
この場所で不思議なのは、ある場所でいきなり雰囲気が悪くなったり、しばらくいると雰囲気が急に変わってきたりすることです。
以前体験した、強烈なプレッシャーを受けた時も、直前で雰囲気が急に変わりました。
不思議なことに、今までこの場所で、何度もこの様な感覚があったにもかかわらず、探索の日は割りと穏やか(?)でした。
このレポート作成中、鉄塔編ほどではありませんでしたが、頭痛、背中の痛み、ラップ音などがありました。
余談ですが、この探索終了後、この日の夜、千葉県の印西(いんざい)というところを車で通りました。
その時、森の近くを通ったんですが、この探索で体験した「まとわりつく感覚」をまた体験しました。
印西(いんざい)といえば、惨殺屋敷があるといわれている場所です。
もしかすると、知らないうちにこの近くを通っていたのかもしれません・・・
同じ日に2回、体験してしまいました。

情報収集部長:WOO

首吊り峠の鉄塔の探索を終えた私たちは、WOOちゃんの希望により近くの火葬場の探索へと移りました。
時刻はすでに4時30分を過ぎ、間もなく夜空が白み始める時刻です。
公園内の遊歩道を歩き、火葬場の裏門に到着しました。
裏門は閉ざされてはいますが、その両側の支柱の脇には隙間があり、人間なら容易にすり抜けることができます。
師匠、WOOちゃん、そして私の順番で門の中に入りました。
その直後、師匠とWOOちゃんが「門をすり抜けた時にピリピリした」「あれは結界の役目を果たしてるね」と話し始めました。
私 「・・・・・・・・・・・・」
師匠 「kuniさん、わからんかった?」
私は確かめようともう一度出入りしてみましたが、やはり特になにも感じません。
出口(本来の正面入口)付近の「まとわりつくような感覚」も私にはわかりませんでした。
ちょっと寂しいです・・・・(笑)
ただ、レポート中で「火葬場の倉庫?」と呼ばれている建物の奥。
そう、やはり結界のように張られたロープの先からは私でも一種異様な雰囲気が感じられました。
この日の予定としては、このあと道了堂へ行く予定があったのですが・・・
残念ながら、夜が明けてしまいました。
「次は道了堂ですよね?」とまだまだやる気満々、元気一杯のWOOちゃんにやや呆れながら、師匠と私は2日目の探索をここで打ち切りました。(笑)
うさぎは夜行性なので、夜が明けてしまうと急速にやる気を失うのです。(笑)
副管理人:kuni

首吊り峠の取材を終えた私達は、以前WOOちゃんが強烈なプレッシャーを感じた火葬場に向かうことにしました。
途中空が白み始め夜明けが近づこうとしていました。
火葬場に向う道は、朝の空気が漂い、散歩を楽しんでいる人もいます。
何となく探索ではなくお散歩をしているような気分になってきた私は、完全に油断していたのかもしれません。
現場に到着し、門により鎖された火葬場に入るために門の横を通り抜けた瞬間、油断していた私の心に一瞬電撃にも似た衝撃が襲いました。
あまりにも無防備だったのでかなりのショックを受け、ここがスポットである事を再認識させられました。
しかし何故電撃のような衝撃を受けたのか理由が分からぬまま、私は脳裏に「門が結界の役目をしていて、その結界を無理に通り抜けようとした為に衝撃を受けたのでは?」と思いました。
後にその仮説が正しかったのか写真を検証したところ、私が電撃に似たような衝撃を受けた場所に、霊達が集まっている事が確認できました。
霊達は何かに妨害されているかのように、門の所から外に出られないように見えます。
やはり門が結界の役割をしているのでしょう。
但し、私やWOOちゃんが門の横を通り抜ける時に感じた電撃のような衝撃は、無理に結界を通り抜けようとした為に感じたのか、そこに集まっている霊達の中を無理に進んだためなのかははっきり分かりません。
夜が開け、門が開く頃には太陽の光により結界はその役割を終え、再び夜が訪れる頃には門は夜の住人を外に出さぬための結界としての役割を果たしているのでしょう。
この門が、その事を意識して作られたのかは分かりませんが・・・・

管理人:ピフィア

00:00||--pookmarktop
八王子城跡編

八王子城跡編

執筆者:kuni

恐怖度:

関東遠征第一弾、初日最後のスポットがこの八王子城跡です。
実はこの前に「滝山城跡」を探索しているのですが、レポートを書く順番との兼ね合いで、先に八王子城跡をご紹介することになりました。
八王子城跡は全国的にも非常に有名な心霊スポットであり、今回の関東遠征のメインのひとつであると言っても過言ではありません。
1590年、豊臣秀吉が差し向けた前田利家・上杉景勝の軍勢によって落城させられた八王子城(城主:北条氏照)。
当時、3万以上の軍勢で攻めてきた秀吉軍に対し、氏照は小田原城にその主力を集め、秀吉軍を迎え撃つ準備をしていた。
逆をつかれた形の八王子城側は急遽農民などを招集し、反撃を試みるも素人をいくら集めても敵の精鋭に勝てるわけもなく、呆気なく八王子城は落城してしまった。
さらには女子供までも近くの御主殿の滝にて、自らの喉を短刀で突き、滝壺に身を投げたといいます。
その滝の水は、死体から流れ出る血で3日間赤く染まったそうです。
そんな話から「武者の霊が出る」「着物姿の女性が水辺に現れる」「滝の水が赤く染まる」などの噂があります。
そんな八王子城跡に、うさぎっ子が疲労した体に鞭打って探索に臨みます。
時は正に丑三つ時を迎えようとしていました。


探索日時:2003年8月11日 01:30〜

探索メンバー:管理人ピフィア(以下、師匠)と私kuniの2名

 

最初の画像をほぼ同位置で私が撮ったものです。
画像中央にハッキリとしたオーブが現れています。
右側の木付近にある強い発光体はなんでしょうか?
さらに左側の木の横になにかいるようですが・・・

 

師匠から指摘されて、拡大してみると・・・
なんとなく私には女性の顔のように見えましたが、いかがでしょうか?

 

鳥居上部に青いビニールシートが被せられています。
よくわかりませんが、この時期なにかの工事をしていたようです。
この後の苦難も知らず、師匠が鳥居をくぐろうとしています。
もちろん、この私もですが・・・

 

鳥居をくぐり、少し進みました。
このような山道を延々と登るのかと思うと、早くも嫌気がさしてきます。
ちなみにこの道の先に出ているオレンジ色のオーブがわかるでしょうか?

 

拡大してみました。
オレンジ色のオーブの中に顔があるように見えるのは私だけでしょうか?

 

またここにも鳥居がありました。
薄いオーブ状のものがチラホラ写っていますが・・・・
私が気になるのは、画像左下の影です。
ここだけ特に闇が深かったということでもないでしょうし、大体このような撮れ方は不自然です。
このような説明のつかない影が写り込んだことが、過去に一度ありました。
その時、私の背後には自殺者の霊が迫っていたそうですが・・・
果たして、今回のこの影は何なんでしょう?
今のところ、私にはなにも起こっていないと思いますが・・・

 

2つ目の鳥居をくぐったあとは、急な石段が待ち構えていました。
写っているのは師匠ですが、とても足取り軽くといった状態にはないようです。
私も同様ですが・・・

 

さらに登っていくと階段が無くなり、山道になってしまいました。
ひょっとして山頂まで、こんな感じの山道が続くのでしょうか?

 

こうして今、改めて見てみると師匠の足元には階段があるようです。
長い年月のうちに枯葉や土が堆積し、埋もれてしまっているようですね。
この日、いや前日の早朝からの長距離移動。
それに続き、ほとんど休む間もないまま探索に突入した私たちはすでに疲労のピークに達していました。
そこへ来て、最後の探索でこの山登りですからもうヨレヨレです。(笑)

 

また勾配のきつい石段です。
師匠の足取りが、「憂鬱な気分」を表しているようです。

 

階段を上りきった先には何があるのでしょう?
先は見えないものの、石段の先右手になにやら棒状のものが立っているようです。
何でしょう?
好奇心が湧けば、先の見えない恐怖感も克服できます。
行ってみましょう。

 

金子丸だそうです。
この辺りは平坦地で険しい山道を登ってきた私たちもホッと一息つくことができました。

 

再び歩き始めた私たちでしたが・・・
先ほど休んだのは何だったのか?
蓄積した疲労はもはや頂点に達し、歩くスピードは落ち、息は上がり、吐き気すら感じ始めていました。
そのためか、このあとの道中の画像が2人揃って全くありません。

 

先ほどの場所から10分ほど歩いたところに石碑がありました。
なんとか天界と刻まれているようですが・・・

 

石碑から5分ほど歩いた辺りにこんな休憩所と思われる小屋がありました。
この周辺は開けており、広場のようになっています。
しかしこんなところに休憩所があっても、私たちの同業者か肝試しの人以外来そうにありませんが・・・
私なら観光では絶対来ません!断言します!!(笑)

 

広場はこんな感じです。
奥の木立ちの中から、何か探られているような気がしてきます。

 

広場の片隅にこんな碑がありました。
城跡とはあまり関係はなさそうですが・・・

 

階段がありました。
この上には何があるのでしょう?
しかしどうもこの辺りから雰囲気が一変したように感じます。
どう言ったら良いか、つまり霊気が濃くなったような気がしますが・・・

 

若干の緊張感を覚えながら階段を上がります。
上がり切った先になにかの屋根が見えます。

 

あったのは社でした。
どうやらここが八王子神社のようです。

 

同じものを撮った私の画像ですが・・・
中央扉の左上少し離れたところに顔のようなものが写っている気がします。

 

いかがでしょうか?
あなたにはどのように見えますか?

 

社の近くにあった石像を撮ったものですが、見ていただきたいのは石像左手にある道のような部分の上です。
お地蔵様のような影とその上方に緑色の顔らしきものが写っています。
拡大してみましょう。

 

いかがでしょうか?
特に緑色の顔に、私は敵意を感じてしまいますが・・・
願わくば、気のせいであって欲しいものです。

 

 

まだ上に行けるようです・・・
しかしもはや私たちの体力は限界です。
「この先どのくらい歩けばどこに着くのか?」
これさえわかれば頑張れると思うのですが、下調べが不十分で見当がつきません。
次回、再探索があるのか?
それはわかりませんが、今回の八王子城跡探索はここで断念します。


 ☆編集後記☆

今回の八王子城跡の探索は、とにかく疲れました。
何度も言いますが、前日早朝からの長距離移動に加え、不調に終わった下見での渋滞、さらにほとんど休む間もなく突入したレポート4件分の探索。
その最後にあの山登りですから、朝方ホテルに戻った時は口も聞きたくない状態でした。
そんな感じでしたから、今回の八王子城跡に限って言えば、探索中は恐怖感を感じる余裕もなかったというのが本当のところです。
八王子城跡と一口に言っても、その史跡の面積は154万屬箸い広大なものです。
とても数時間で回れるはずもなく、御主殿や噂の濃い滝に行くことができなかったのは非常に残念でした。
今回探索できたのは、いわゆる要害地区と言われるところだそうです。
要は敵が押し寄せてきた時に、それを迎え撃つ場所だということです。
当然ながら、当時も激しい戦いが繰り広げられた場所ですので、私たちが歩いてきた道中には多くの人々の血が染み込んでいるだろうことは想像に難くありません。
急遽集められた農民たちも戦えるわけもないのに槍を持たされ、人間の盾となり散っていったといいます。
そんな場所ですから、決して霊的に軽い場所ではないでしょう。
通常のスポットとは違い、ここは肉体的にも困難を伴うため、軽い肝試し目的では訪れる人は少ないのだろうなと思っていましたが・・・
下山途中には6〜7人組の大学生らしき男女とすれ違い、車を駐めておいた道路には肝試し目的と思われる多くの車が駐まっているのを見て、「やはりここも観光スポットなのか」と認識を新たにしました。
やはり関東の超有名物件だけのことはありますね。
ここで命を落とした多くの方々の冥福を祈りつつ、レポートを終わりたいと思います。
副管理人:kuni

関東ではかなり有名な心霊スポット、八王子城跡ですが、恥ずかしながら私は八王子城跡の事は詳しく知りませんでした(^^;)
本来なら前もって詳しく調べてから探索すればよかったのですが、八王子城跡については予備知識無しで探索に挑んだので、何処に何が有るのかが全く分からず、社までは何とか辿り着く事が出来たのですが、そこから更に天空へと続くかのような階段に脅威を感じてしまい、結局は断念する事になってしまいました。
もう少し頑張って進めば、御主殿や滝を探索する事が出来たのかもしれませんが、kuniさんも書いているように八王子城跡に到るまでに4ヶ所の濃いスポットを探索してきた私達の体力、精神力は既に限界に達していたので、何とも先に進む気が起きない状態でした。
先に、体力、精神力の限界と書きましたが、実際確かに山道で辛かった事は確かですが、戦により多くの人達の血を吸った場所ですから確かにその影響も有ったかもしれません。
只、私が日本史に疎かったのが幸いしたのか、血塗られた過去を意識せず探索する事が出来たのでキツイ霊現象や霊障を受けずに済んだのかもしれません。
管理人:ピフィア

01:30||--pookmarktop
吹上トンネル3兄弟と廃屋編

吹上トンネル3兄弟と廃屋編

執筆者:kuni

恐怖度:

 

 

2003年8月10日から3日間かけて行った「関東遠征第一弾」。

関東遠征とは言いながら、山梨や静岡も含んだツアーとなっています。

当日、桑名市の自宅を6時半頃に出発した私は豊橋で師匠と合流し、宿をとってある八王子市内のホテルを目指しました。

多少の渋滞は覚悟していましたが、渋滞らしい渋滞もなく、非常に順調に進めた結果、13時頃には八王子市内に着いてしまいました。

早くホテルで落ち着いて、夕刻からの探索に備え一休みしたいところですが、チェックインは15時からということで、予定したものの今ひとつデータに自信を持てないある廃病院の下見にと出かけることにしました。

ところが・・・行ったはいいが、そこは東京サマーランドの近く。折りしも夏休み真っ盛りのこの時期のことです。

ご想像通りの大渋滞に嵌り、下見は困難を極めました。

おまけに渋滞を掻き分けやっと辿り着いたポイントに廃病院はなし。

私のデータでは廃病院があるはずの場所なのですが、そこは工事関係の資材置き場になっており、どうやら取り壊された様子。

若干ガックリしながら、ホテルに戻りチェックインしたのは16時頃でした。

まぁ、本番で空振りするよりはいいでしょう。


さて、2時間ほど休憩しつつ新たな探索計画を立てた私たちはいよいよ関東遠征の最初のスポットへと向かうことにしました。

そのスポットとは、青梅市にある吹上トンネルです。

吹上トンネルは新、旧、旧々と3つのトンネルがあり、特に旧々では真っ暗なトンネルの中でうずくまっている女性の霊に猛スピードで追われるという噂があります。

また、旧々トンネルの入口付近には元峠の茶屋だったらしい廃屋があり、昭和30年頃にそこで女将が惨殺されるという事件があったといいます。

渋滞必至のR411を避け、距離的には少し遠回りしつつ都道を使って現地に近付いた私たちは、夕食を済ませ、探索に入ることにしました。


探索日時:2003年8月10日 19:40〜
探索メンバー:管理人ピフィア師匠(以下、師匠)と私kuniの2名

 

 

近くの寿司屋で"値段だけは一人前"(笑)の食事をした私たちは、その駐車場からすぐ見える新トンネルの写真を撮りました。
このトンネルは現役でバリバリ働いているため、交通量が多く、とても徒歩で探索する気にはなりません。
なによりもどう見てもただのトンネルですので、旧トンネルへ向かうことにします。

 

 

新トンネルを抜けて、すぐにある脇道に車を駐めた私たちは、その脇道を進みました。
大して歩くことなく、トンネルが見えてきましたが・・・・照明がありますね。
あれが旧吹上トンネルなら、廃トンネルになぜ照明が必要なのでしょうか?
近づいてみましょう。

 

 

どうやら間違いなく旧吹上トンネルのようです。
今思えば、トンネル入口右側のスイッチボックスのようなものは、トンネル内の照明のスイッチだったのかもしれません。
それよりも・・・・

 

 

私は気付かなかったのですが、上の画像のトンネル入口の水溜りに写った照明の中に複数の顔が存在するようです。
あなたには何か見えるでしょうか?

 

改めて、名称の確認をしてみます。ご覧のように「吹上隧道」とあります。
では、中に入ってみましょう。

 

いきなりトンネル中央付近に人が写っているそうです。
私にはあまりよくわかりませんが・・・・・

 

 

人が写っているところのアップ画像です。
いかがでしょうか??

 

進みます。
私としては明るくて全然怖くありません。
ただ、師匠によると弱いながらも何者かの気配を感じているようです。

 

 

トンネルの出口に近付いてきました。
照明の並びを見ると、当初真っ直ぐだと思っていたトンネルが若干曲がっていることがわかります。
今、旧トンネルの画像を見てみると意外に画像が少ないことに気付きました。
あまり明るいので、気が抜けてしまったのでしょうか?
いつもは撮るトンネルを抜けた時の画像もありません。
うさぎっ子探索部隊、ちょっぴり反省です。

 

では、次なる目的地「旧々吹上トンネル」とその手前にあるという廃屋に向かうため、車に戻ることにします。
と、歩き始めると入口、つまり私たちが車を駐めた側から車のドアの閉まる音、次いで話し声が聞こえてきます。
私たちが「あ〜肝試しの人が来たな」などと話していると、「え?!声が聞こえた〜怖いよぉ〜〜〜」と女性の声。
それでも彼らは進んできているようで、だんだん聞こえる声が大きくなってきます。
そして、トンネルのほぼ中央部で遭遇した彼らは2組のカップルでした。
トンネルの片隅を怖そうに、そして寄り添うように歩く彼らに「こんばんは〜」と挨拶をし、私たちは車へと急ぎました。

 

 

車を駐めてある場所に戻ってきました。
これは新トンネルの青梅市街地側入口です。
では、移動することにしましょう。
旧々トンネルとその近くの廃屋に行くには、来た道を少し戻らねばなりません。
この時、よく地図を確認していなかったため、少々入口を見つけるのに手間取りましたが、なんとか旧々トンネルへ向かう脇道を見つけることができました。
脇道を少し行くと、車を駐めておけそうな場所を発見しました。
ここからは徒歩で接近することになります。
途中には民家があり、夜ということで防犯用のセンサーライトの強力な光に辟易しながら先に進みます。

 

センサーライトの民家から少し歩いていくと、U字溝を伏せた状態で車止めが設置してありました。

 

 

先ほどの車止めを越え、さらに先に進みます。
旧トンネルのように、すぐ近くに交通量の多い道路などがないため、なかなか痺れそうな雰囲気になってきました。
そして、100mほど歩くと・・・・

 

まず私たちの目に飛び込んできたものは、廃屋のトイレと思われるものでした。

 

 

そして、これが昭和30年頃に女将が惨殺されたと言われる峠の茶屋の廃屋です。
某サイト様のレポで拝見した廃屋はまだ廃屋としての形が残っていましたが、今目の前にある廃屋は、ほとんど骨格しか残っていないような状態です。
ちなみにこの画像・・・廃屋の窓のあった部分に人が立っているように見えます。
あまり自信はないですが、いかがでしょうか?

 

 

窓部分を拡大してみました。
いかがでしょうか?
霊感薄い私でも透明な人間が立っているように見えているので、多くの方が見えるだろうと思います。
もちろん霊的なものだったとすればですが・・・・

 

 

先ほどの透明な人が写っている画像の隣の部屋です。
壁も床も・・・・見事になにもありません。
これだけ何もないと廃屋という気がしませんね。(笑)
ただ、なにやらコンクリート製の四角いものがあります。
なんでしょうか?

 

 

これは何でしょうか?
いろりか何かの跡でしょうか?

 

 

先ほど透明な人が写っていた窓のある部屋です。
床板も一部を残すだけで、それも乗れば踏み抜きかねない状態です。

 

 

奥の物置小屋ですが、撮影する私の右大腿部後ろにオーブが出ています。
私の前方の小さな光の点もオーブのようですが・・・
オーブなど見慣れたものですが、やはり自分の体にくっついて写ったものはあまり良い気はしませんね。

 

物置小屋の内部左手奥の画像です。
外されたガラス戸が数枚と・・・右の棚に乗っているものは何でしょうか?
ストーブのように見えますが・・・

 

 

某サイト様のレポートで拝見したソファーが残っていました。
しかし確か3つあったように記憶していますが・・・
どこかへ持ち去られたのでしょうか?

 

面白いものが撮れました。
わかるでしょうか?
左の手前の柱に隠れるようにデスラー総統が覗いています。

 

 

青い顔からデスラー総統を連想したわけですが、いかがでしょうか?

 

 

廃屋の外にあった井戸です。
うっかりして落ちたら大変なことになります。
注意して中を覗いてみましょう。

 

 

あら?・・・・・・・・
枯葉などが堆積して埋まってしまっています。
その上には空き缶などのゴミが捨てられ、今はゴミ箱として活躍しているようです。

 

 

廃屋の最後にお決まりのトイレを見ておきましょう。
これがその外観です。

 

 

かなりホコリが堆積しています。
ところで、横に転がっているビンは何でしょうか?
醤油???

 

 

跨って中を撮ろうかとも思いましたが、なにか出てきそうなのでやめておきます。(笑)

 

 

これで廃屋に別れを告げ、旧々トンネルに向かうことにします。

 

 

廃屋を出て、ほんの少し行くと不気味に口を開ける旧々吹上トンネルが見えました。
旧トンネルと比べると雰囲気は雲泥の差。
かなり不気味なものを感じます。
バリケードがあるようですが、情報通りなら入れるはずです。
行ってみましょう。

 

 

近付いてきました。
どうやら情報通りは入れる状態のようです。
ここは少し気合を入れて入りたいと思います。

 

 

トンネル上方になんとなく気配を感じたので撮ってみましたが・・・

 

 

「立入禁止」と貼られたフェンスの扉が壊れています。
上には有刺鉄線が張られており、この扉が壊れていなければ入る気にならなかったかもしれません。
まぁ、それは霊的にではなくて、怪我をしたくないだけですが・・・(笑)
では行きます。

 

 

奥の方は水が溜まっていると聞いてはいましたが、いきなり足場が悪いです。
この辺りの壁はレンガが組まれています。

 

 

ご覧のようにかなり水が溜まっています。
両サイドに一段高くなった通路?があるので、そこを歩きます。
画像右下辺りは結構な水量の水が滴り落ちています。
空き缶やペットボトルがそこかしこに捨ててあり、さすがに有名スポットだなと感じます。
ゴミは持ち帰りましょう!

 

 

進んでいくとレンガの壁は消え、荒い手掘り状の様相に変化しました。
この辺りは土が湿ってはいますが水溜りがなくて助かります。

 

 

この先からまた様相が変わります。
師匠はこの境目辺りでなにかを感じたようですが・・・・

 

 

ご覧のようにトンネルの壁面の様相が目まぐるしく変化します。
ブロック状のもの⇒レンガ⇒ブロック状と変化していくようです。
そろそろ出口に近いようですが、水溜りは通れる状態なのでしょうか?

 

 

出口付近はこんな状態でした。
一段高くなった左側の通路?を通るしかなさそうです。
おまけに水滴が雨のように降ってきます。

 

 

こんな状態です。
水面の白い点のようなものは水滴が落ちた瞬間を捉えたものです。
無数の波紋がぶつかり合って、水面が波立っているようです。
なんとか左端の一段高いところを通っていますが、水滴からカメラを守るのに苦労します。
それよりもこちらのフェンスは通れるのでしょうか?
情報ではこちら側のフェンスは健在だと聞いていますが・・・・

 

 

どうやら出ることができました。
向こう側の入口よりも激しく破壊されています。
破壊行為はやめましょうね。
まぁ、そういう方がいるから私たちもこちら側に出ることができたわけですが・・・・
ちょっぴり複雑です。

 

 

上に張ってあった有刺鉄線もダラリと垂れ下がっています。
引っ掛からないように注意が必要です。

 

 

ではまた狭い通路?を通って戻ることにします。
相変わらず、水滴の落ちる音が不気味に響きます。

 

 

レンガの壁が見えてきました。
心なしか往路よりも足元がジメジメしているように感じますが、気のせいでしょうか?

 

 

師匠が言うには、「kuniさん、この辺が一番濃いね〜」だそうです。
私にはこの辺りが特にという感じはしませんが・・・
師匠は何を察知したのでしょう。

 

 

旧々吹上トンネル探索完了の時が近付いてきました。
画像中央部、扉の壊れたフェンスの前に行く手を遮るかのようにオーブが出現しました。
無事に脱出させて欲しいものです。
では、旧々吹上トンネルに別れを告げます。

 

 

帰り道、最後にほとんど骨だけになってしまった廃屋にも別れを告げ、次なる目的地へと向かうことにします。

 

 


☆編集後記☆


記念すべき、『 関東遠征第一弾 』最初のレポートはいかがだったでしょうか?
旧吹上トンネル、惨殺事件があったという峠の茶屋の廃屋、そして旧々吹上トンネル。
当初は師匠と担当を分け合って、3部作になる予定でしたが・・・・
いろいろと相談した結果、贅沢な一挙掲載ということになりました。
これらの物件は関東のサイトならどこでも扱っているような超有名物件であり、肝試し軍団との接近遭遇も十分に考えられましたが、意外や遭遇したのはレポ中にもある旧吹上トンネルでの2組のカップルだけだったのは助かりました。
やはり、できるだけ生きている人との遭遇は避けたいものです。(笑)
彼らと遭遇した旧トンネルは、あの明るさですし、なんら恐怖感を覚えることはありませんでした。
なにせ、ライトが全く必要ないわけです。
そんな心霊トンネルというのは私たちにとって初めてのことでした。
廃屋については、あの状態ですから、廃屋探索という気分ではなく、ちょっと拍子抜けしてしまいました。

旧々トンネルはさすがに真っ暗で不気味な雰囲気を醸し出していました。
また、トンネル内に響く水滴の音がしばらく耳について離れませんでした。
残念ながらというか、幸いというか・・・噂の女性は出ては来なかったようですが、私が気付かなかっただけなのでしょうか?
全体的な印象として『やはり超有名スポットだな〜』と感じました。
超有名スポット=たくさんの探索者が来る⇒誰でも入れる
つまり超有名スポットには、本当に霊的にキツイところは少ないということです。
とはいえ、決して何もないわけではなく、時が変われば変貌することも十分に考えられますので、油断は禁物ですね。
副管理人:kuni

今回は夏休みを利用しての関東遠征取材第一弾なので気合を入れて探索し挑む事にします。
まずは有名トンネル心霊スポットの旧吹上トンネルの取材なのですが、既にkuniさんが指摘している通り旧吹上トンネルには照明が灯っており、いささか期待外れな感でした。
今まで探索したお化けトンネルで照明が有ったのは静岡の明治トンネルがそうなのですが、カンテラの明かりなので照明というイメージではなかったので、それほど恐怖度が下がるという事は有りませんでした。
今回は、トンネルでは見慣れた照明なのであまり心霊スポットを探索している気分にはなれません。
それでもトンネルの中は霊気が全く無いわけではなく感じる事は感じるのですが、それでもゾクゾクするほど強いという事も無く普通のトンネル+レベルくらいの感じでした。
次は本命の旧々トンネルなのですが、向かう途中廃屋が有るとの話を聞いていたので、少しワクワクしながら向かったのですが、現れた廃屋は既に壁も殆ど無く柱だけと屋根だけの建物と化していました。
建物には魅力は有りませんでしたが、しかしこの廃屋からはなかなか濃い雰囲気がします。
写真には緑色をした老婆のような顔も写っていましたが、住んでいた人なのでしょうか?
廃屋の探索を終え、更に少し進むと本命の旧々吹上トンネルが姿を現しました。
旧々吹上トンネルの方は照明も無く、雰囲気もまずまずです。
実際トンネルの中も心霊スポットと呼ぶに相応しい見た目でした。
見た目と書いたのは、私が調子が悪かったのか、あまりトンネルの中では感じるものが無かったからです。
とりあえずは、関東探索はまだ始まったばかりなので「最初から濃過ぎなかったのは幸いだったのかも?」と考えつつ次のスポットへ向かいました。
管理人:ピフィア

 

19:40||--pookmarktop
旧小峰トンネル編

旧小峰トンネル編

執筆者:ピフィア

恐怖度:

 

東京都あきる野市と八王子市の境小峰峠に、今は隔離されるかの如く存在する「旧小峰トンネル」、このトンネルが現役時代には切断された自分の両手首を求めて彷徨う女の子の霊とトンネルに響き渡る鈴の音と共に現れる少女の霊が目撃され話題となったお化けトンネルなのですが・・・・・
1988年〜1989年にかけ日本を震撼させた連続少女誘拐殺人事件、警視庁広域重要指定事件業117号事件、「宮崎勤幼女連続殺人事件」の被害者が小峰峠で遺体と遺体の一部が発見された悲しい事件の現場でもあります。
ここで目撃された少女の霊と、日本を震撼させた猟奇殺人、「宮崎勤幼女連続殺人事件」との関連とは・・・・

探索日時:2003年8月10日
索メンバー:管理人ピフィア、副管理人kuniの2名

 

 

今回は地図にて旧小峰トンネルの位置は完璧に把握していたので場所には自信が有ったのですが、何故かナビにて到着した場所は新小峰トンネルでした。
しかし旧トンネルは新トンネルの側に有る場合が多いので慎重に旧トンネルの側を調べていくと、新小峰トンネルの前に路線変更前の白線が残されていました。
どうやらここから旧小峰トンネルへ行けそうです。
途中フェンスにより道は完全封鎖がされているのでここからは歩いて現地に向かはなければならないのですが、フェンスの前に何やら怪しい車が駐車しています。
怪しい車のリアウィンドには車の撤去を促す警告文が貼られています。
どうやら放置自動車のようですが、場所が場所だけにかなり不気味な感じがします。
「死体とか有ったりして・・・」と恐る恐る中を覗いてみましたが、中にはゴミしか無いようです。
「ホッ・・・」

 

 

フェンスを越えると、そこは全く人気の無い別世界へと変貌します。
街灯が無いためか、闇が支配する道はかなり気持ちが悪く、風による木々のざわめきさへ恐怖を誘うのには十分過ぎるほどです。

 

 

どれほど暗い道を歩いてきたのでしょうか?
かなり歩いてきたようにも思えますが、まだ目的のトンネルは見えてきません。
目的地への距離も分からず歩くのは精神的にもかなり疲労します。

 

ここが小峰峠だと示す標識を発見しました。
目的の旧小峰トンネルはどうやら近そうです。

 

 

事件の情報を呼びかける立札を発見しました。
しかし、宮崎勤幼女連続殺人事件に関連する情報提供を求めているものでは無さそうです。
ここでは他にもいろいろな事件が起きているのでしょうか?

 

警察の立札から少し行くと、突然旧小峰トンネルが姿を現しました。
新小峰トンネルが開通した今、旧小峰トンネルは全くその機能を果たしていないはずなのに、何故かトンネル内にはライトが灯っていました。
普通ライトが灯っているトンネルには恐怖はあまり感じないのですが、このトンネルではライトさえ血の色に見え不気味です。

 

 

旧小峰トンネル八王子側入口です。
トンネル内部は赤く血の色に染まり、悲しい事件を再現しているかのようです。
トンネルから吹いてくる風の音も悲しみの音色に聞えてきます。
まだトンネル内に入っていないのに体が硬直します。
私は既に恐怖しているのでしょうか・・・・

 

 

トンネルの名称を調べようと入口の上を撮影しましたが、文字が消えかけてしまっているのか、上手く写す事が出来ませんでした。
「小峰隧道」と書かれているはずですが・・・・

 

 

トンネル内に入りましたが、内部はかなり湿気が多く不快な感じがします。
不快といっても温度はそれほど高くなく、むしろ寒いくらいですが・・・
やはり湿気の影響でしょうか?

 

 

トンネル内を歩いていると壁の方に気配を感じたので撮影しました。
写真には白い球体が写っていますが、普段写るオーブとはまた違った感じがします。
この辺りから私は頭が痛く気分も少し悪くなってきました。

 

 

トンネル内のライトがオレンジ色のライトに変わりました。
このオレンジ色のライトがトンネル内を赤く見せているのですが、私にはこのオレンジ色のライトになった途端何故だか霊気も濃くなったように思えますが・・・・

 

 

あきるの市(旧名:五日市町)側の出口まで来ました。
八王子側の入口もかなり不気味だったのですが、こちら側は比べ物にならないくらい霊的に濃くなっているように感じます。
kuniさんが撮影した私の後姿ですが、かなり怯えている様子が分かると思います。。

 

 

トンネル内の出口付近の天井にオーブが写っていますが、気になるのはトンネルを出た道の左側に写っている標識の丁度同じくらいの位置の道を挟んで右側に鬼火が見えます。

 

 

気になる部分を拡大しました。
鬼火とその下には顔のようなものが写っています。
しかしここに現れる少女の霊は供養されたと聞きましたが・・・

 

あきるの市(旧名:五日市町)側の入口です。
八王子側の入口よりかなり不気味な感じが漂っています。
多分事件はこちら側で起きたのでしょう・・・

 

 

このトンネルと関係する「宮崎勤幼女連続殺人事件」ですが、1988年(昭和63年)8月22日 入間市の設備設計会社社長(当時47歳)の次女で今野真理ちゃん(4歳)が印刷業手伝いの宮崎勤(当時26歳)に埼玉県入間市内の歩道橋を歩いていたところを「涼しいところに行かないかい?」と声をかけ東京都八王子市内の山林に連れ込み、午後6時半ごろ真理ちゃんが泣き出したので絞殺した。
その後東京都杉並区高円寺南のレンタルビデオ店にてビデオカメラを借り殺害現場に戻り遺体の陰部に指を入れるなどして撮影し衣服を持ち帰った。
1989年(平成元年)2月6日今野宅玄関前に段ボール箱が置かれているのを発見。
中には細かく砕かれ焼かれた人骨片、ピンクのショートパンツ等を写したインスタント写真、5つの文字をコピーした紙が入っていた。(犯行声明は今田勇子という名前で朝日新聞社と今野宅に送られた)

1989年(平成元年)9月13日 小峰峠の山林にて手足の骨が発見された。

 

 

あきるの市(旧名:五日市町)側の入口ですが、かなり霊的に気になるので何枚か撮影しましたが、視覚で見える霊的なものは写っていないようです。

 

 

kuniさんも何か気になるのか?入口付近を丹念に調べていました。

 

 

 

ここで少女の霊が現れるとの噂から、秋川新聞という地方新聞にも取り上げられましたが、実はその記事を編集し発行していたのが皮肉にも宮崎勤の父親だったのです。
その後宮崎勤の父親は息子に対する自負の念から1994年11月21日多摩川の橋から投身自殺をしています。
その知らせを受けた宮崎勤は「スーッとした。」と言ったそうです。

 

帰るために再びトンネル内に入りました。
気のせいか、来た時よりトンネルの赤が増したように感じられます。

 

私達を出口に先導しているかのようにオーブが写っています。
「早く帰れ」と言っているのでしょうか?
それとも引き止めているのでしょうか・・・
トンネル内は何にせよかなり息苦しさを感じるので、少し足早に出口に向かう事にします。

 

八王子側出口に近づいてきました。
途中気になる部分を写しましたが特別何も写っていないようです。
しかし、何だか後ろの方が気になります。
気になりますが、振り返るのはやめておきましょう・・・

 

トンネル八王子側出口まで戻ってきました。
先程から後ろが気になって仕方なかったのですが、トンネル内では振り返ると嫌な思いをしそうだったので我慢していたのですが、出口まで来て気がゆるんだのか振り返ってしまいました。
振り返っても特別何か見えたわけでもないのですが、トンネルの奥から何かが追いかけて来ているような気がして一瞬背筋が寒くなりました。
もしかしたら、恐ろしい殺人鬼の魔の手から逃れようとしている少女の記憶・・・
それを感じたのかもしれません。

 

闇は更にその濃さを増してきたように感じます。
この深き闇の中で今も幼くして殺害された少女は彷徨っているのでしょうか?
宮崎勤は1989年7月23日午後、八王子市で遊んでいた幼女(当時6)に声をかけて車に乗せ、八王子郊外の山林に連れ込み、裸にしてビデオを撮ろうとしたところ、尾行していた幼女の父親に捕まり、通報で駆けつけた八王子署員に強制わいせつで逮捕された。
宮崎勤が逮捕されてからは、被害者とされる少女の霊は姿を現さなくなったといわれていますが・・・・
今は成仏されたことを祈るばかりです。。
----以上----

 


☆編集後記☆

今回探索した旧小峰トンネルですが、今から15年以上も前の「宮崎勤幼女連続殺人事件」で当時かなり有名になったトンネルです。
今では、事件すら知らない人も多いでしょうが、この事件は現在問題になっている多くの猟奇的な殺人のはしりだったような気がします。
宮崎勤はこの小峰峠に関係する事件として1988年(昭和63年)10月3日午後3時ころ、埼玉県飯能(はんのう)市の原市場小学校の傍らで遊んでいた飯能市の運転手(当時40歳)の次女で小学1年の吉沢正美ちゃん(7歳)に、「道を教えてくれるかい?」と近づき、八王子市の新多摩変電所まで走り、さらに、歩いて日向峰の山林内に連れ込んで、午後5時ころ、絞殺し、全裸にして性器などに指を入れるなどしたが、死んだはずの体が動くので怖くなって逃げ帰ったと自供しています。
宮崎勤逮捕後自供により、1989年(平成元年)9月6日自供に基づき正美ちゃんの遺骨と衣類を東京都五日市町(現:あきる野市)の小峰峠の山中で発見。
噂では小峰トンネルまで少女は逃げてきたとされてますが、その真実は不明です。
他に宮崎勤は1988年(昭和63年)12月9日に難波絵梨香ちゃん(4歳)、1989年(平成元年)6月6日に野本綾子ちゃん(5歳)を殺害しています。
野本綾子ちゃんの場合、遺体の悪臭がひどくなってきたので、遺体の頭部、両手足を切断、髪の毛や歯を抜き、胴体部分を埼玉県飯能市の宮沢湖霊園の公衆トイレ脇に、頭部は自宅近くの御獄山に棄てたと自供、自供通りの場所で各遺体が発見された。
両手首は食べたとの自供も・・・・
異常なる殺人鬼、宮崎勤ですが、2001年6月28日 東京高裁 河辺義正裁判長 控訴棄却 死刑判決 となっています。
最後に被害者の方々には謹んでご冥福を祈ります。
管理人:ピフィア

関東遠征第一弾、2つ目のレポートは宮崎勤の事件に関わりのある「旧小峰トンネル」です。
最初の被害者である今野真理ちゃんの切断した手首を。
そして2人目の被害者吉沢正美ちゃんを飯能市自宅近くで誘拐し、絞殺したあと小峰峠の山中に捨てたという。
真偽はともかく、その場所が旧小峰トンネルの上であるという話もあるようです。
現地付近、つまり現在の新小峰トンネルに着いた私たちは、新トンネルの北側も南側も侵入路が閉鎖されていることに気付きました。
徒歩しか選択肢がないということで、どちら側からアプローチすべきかを相談し、どちらからでも大して距離が変わらないことから、南側からの侵入を決めました。
その入口には、白いライトバンが放置してあります。
そこから約1km近く歩いたでしょうか?小峰峠を示す案内板があり、その先に今も現役時代のように照明の点いたトンネルが姿を現しました。
しかしここも旧吹上トンネルのように、照明が点いています。
ただ、ここの雰囲気はどうも旧吹上トンネルとはレベルが違います。
この感覚をどう説明すればいいのか・・・・・・・・・私にはそれを語る言葉がありません。
見た目で言えばですが・・・明るく、赤っぽい照明の不気味さ以外は恐怖感を感じないトンネルですが、私の微々たる霊感に触るなにかがあったのかもしれません。
もしかしたら、被害に遭った真理ちゃん、正美ちゃんの・・・・・
そう、師匠が言っていたように彼女たちが体験した「恐怖の記憶」を感じたのかもしれませんね。
何度思い返してもはらわたが煮えくり返るような事件でしたが、今は被害に遭った少女たちが安らかに眠っていてくれることを願ってやみません
副管理人:kuni

00:00||--pookmarktop
滝山城跡編

滝山城跡編

執筆者:ピフィア

恐怖度:

 

都立滝山自然公園、春には5000本の桜が咲く名所として有名な公園ですが、戦国時代には城主・北条氏照と甲斐の武田信玄が、壮烈な戦いを繰り広げた滝山城の城跡でもあります。
滝山城は、1521年山内上杉氏の重臣である大石定重が築いた城であるが、北条氏康の次男氏照は大石氏の養子となり滝山城を引き継いでいます。
城郭は多摩川と秋川の合流点にある、戦国時代を代表する山城で1558年には氏照が滝山城の大改修を行い本格的な山城となりました。
1569年には、小田原攻略途中の8000〜1万の武田軍に攻撃を受けたのですが、わずか2千の寡兵でもってよくこれをしのぎ、見事に撃退したといいます。
1万の軍の攻撃に耐えた滝山城ですが、その後氏照は武田信玄軍に備えるため、先に紹介した「八王子城」を天正元(1573)年頃に築き、 滝山城より移りました。
しかし秀吉の小田原攻めの時、城主氏照は小田原本城にいましたが、1日で落城してしまい、その後八王子城は廃城となってしまったのです。
現在、城跡の大部分は都立滝山公園となっているので、夜の公園探索となったのですが、目的地に着いた私達は・・・・

探索日時:2003年8月10日
探索メンバー:管理人ピフィア、副管理人kuniの2名

 

関東遠征初日、旧小峰トンネルの取材を終えた私達は次の目的地である滝山城跡(滝山公園)に到着しました。
早速取材を開始する為に、工事現場に車を停めたのですが、公園入口の雰囲気があまりにも悪く、進入をいきなり躊躇してしまいました・・・
確かに入口はかなり暗く怖いのですが、それとは別に闇に何者かが潜んでいるような気がして、進入する気になりませんでした・・・
とりあえず、別の進入ルートを探す為に、公園周辺を調べたのですが、夜の公園は厳重に管理されているようで、進入口の全てが車止めにて、通行できなくなっていました。
仕方なく私達は元の入口に引き返したのですが、引き返した時には、先程感じた嫌な雰囲気は嘘のように無くなっているので、何とか進入する事が出来そうです・・・

 

三ノ丸跡に向かう道ですが、かなり不気味な雰囲気です。
時折吹く風により竹が軋む音が聞えてきますが、まるで悲鳴のように聞えゾクゾクします。
聞えてきているのは本当に竹の軋む音だけなのでしょうか・・・

途中、階段を見つけたので上がってみる事にします。
階段の最上段には私達の行く手を遮るかのようにオーブが立ちはだかっています。
奥の林からも何者かがこちらを覗っているような気がしてなりません。

階段を上がると小さな社が有りました。
社は近い位置に鳥居が二重に建てられていますが、何か意味が有るのでしょうか?

近付くと、社はあまり管理が行き届いていないようで、草は刈られていましたが、刈りっ放しの状態になっています。
何となく罰当たりな状態なのであまり近付かない方が賢明そうなので離れる事にします。

これは社の近くに建てられていたのですが、資材用の小屋かトイレだったと思います。
かなり嫌な雰囲気だったので、中には入っていません。
外観だけを写真に写しましたが、その写真には・・・

上の写真の気になる部分を拡大しました。
拡大してもよく分からないのでが、私には何体か顔が見えます。
しかも全てこちらを覗っているように見えるのですが・・・

岩に何やらプレートが取り付けられています。
近付いて確認すると「三ノ丸跡」と書かれていました。
どうやらここが三ノ丸跡のようです。

右手に三ノ丸斜面を見ながら進んでいますが、雰囲気的にはかなり悪く、何処を歩いていても妙な気配が感じられます。
私的にはあまり先には進みたくない気分でしたが、ここで引き返すのもシャクなので先に進む事にします。

二ノ丸跡から中ノ丸跡に向かう途中の土橋ですが、1569年、九月二日の信玄との戦いで、壮絶な戦いの場となった所です。
当然の事ながらこの一帯は成仏されていない霊が今も争いを続けているのでしょう。
橋には私達を取り囲むようにオーブが出現してます。
夏だというのに寒気がしてきました・・・

道標が現れました。
右に曲がり中ノ丸に行く事にします。

中ノ丸ですが更地になっており特別見所はなさそうですが、雰囲気はかなり悪いです。
城郭大系ではこの場所を二ノ丸としている事から、ここでも壮絶な戦いが繰り広げられたのでしょう。

案内板を見つけました。
案内板には、滝山城跡の説明などが書かれていますが、雰囲気が悪く嫌な予感がするので読む暇は無さそうです。
とりあえず、中ノ丸探索を急ぐ事にします。

中ノ丸に設置されているトイレですが、ハンディキャップトイレの入口と、男子トイレの中に何かいるようです。
ハンディキャップトイレは入口中央、男子トイレは窓の左下と、右のオーブと、オーブの右側に気配がします。
何となくトイレに行きたい気もしますが、我慢する事にします・・・

ハンディキャップトイレのドア中央付近を拡大しました。
拡大すると結構ハッキリと写っているのが分かると思います。

トイレから更に左側なのですが、こちらも無数に何者かがいるような感じがします。
だとしたら、私達は既に囲まれているのですが、それにしては危険な感じがあまりしないのが不思議です・・・
但し、あまり長居しない方が無難そうです。

kuniさんが写した写真に取材中の私が写りこんでいますが、写真の所々に白い光の点が写っています。
私の左足にも白い光の点が写っているのが気になるので拡大してみます。
 

拡大すると光の点ではなく、勾玉のような形をしている事が分かります。
私に憑こうとしているのでしょうか?

中ノ丸に有る、国民宿舎「滝山荘」です。
サークルの研修や合宿に利用されているようですが、一般の宿泊も可能なようです。
こちらも写真には無数のオーブが写っています。
どうやら、私達は完全にとり囲まれてしまっているようです。
ただ、完全にとり囲まれているというより、全ての場所に霊の気配が有ると言った方が正解なのかもしれません。

国民宿舎「滝山荘」をkuniさんが撮影した写真なのですが、建物が火事の様に赤く染まってます。
一番赤く染まった部分には苦痛に歪む顔が数体写っているように見えます。
戦で亡くなった者達の霊なのでしょうか?

中ノ丸に設置された休憩用のベンチです、茂みの中に白い光が見えますが、その直ぐ右脇に髭を生やした男性の顔が見えます。
他にもやはり数体いるような気配がします。

少し長居し過ぎた様で、かなり気分が悪くなってきました。
視覚的には見えないので良いのですが、かなり多くの気配は感じます。
しかも益々その気配は増してきたようにも感じます。
そろそろ、中ノ丸から離れた方がよさそうです。

石段が残されていますが、滝山城に使われていたものなのでしょうか?
しかし本格的に気配が悪くなってきました。
そろそろ潮時でしょう。。
中ノ丸から撤退する事にします。

kuniさんと合流して、中ノ丸から出ようと出口の方に向かっていたのですが、突然出口方向の坂道から、何か黒い毛の生えたボールのような物が、引力に逆らうかのように転がりながら上がってきます。
どうやら、kuniさんはその存在に気付いていないようです・・・
私は「何だろう?」と転がってくる物体に目を凝らすと、「ゲッ!!」一瞬心臓が止りそうになりました。
転がってきたのはボールなどではなく人の生首だったのです。
それはゆっくりと坂道を転がりながら上って来るのですが、方向が定まらない様子でジグザグ走行をしながら上がってきます。
私は恐怖の為、一瞬身動き出来ない状態に陥りましたが、生首はジグザグ走行をしながらも確実に私の方を意識しながら向かってきているようです。
逃げなきゃ殺られる!!」即座にそう判断しましたが、蛇に睨まれたカエル状態なので身動きが出来ません。
その間にも生首はかなり私に近付いてきました。
ヤバイ」「ヤバイ」「ヤバイ」「どーしよぉ〜!!」と思っている刹那、生首は私の足元に転がってきました。
うわっ!!絶対当たって欲しくない!!」と思った瞬間、私の本能からか体が勝手に反応して、何とか生首を避ける事が出来ました。
生首はそのまま私の直ぐ横を通り過ぎてしまい、再び私の方に戻ってくる様子は有りません。
私が振り返りカメラを向けた時には跡形も無く消えてしまっていました。

あまりの気持ち悪さにkuniさんにはその場では生首の事は話しませんでした。
その場で話すと何となくまた同じ事が起きそうで嫌だったからなのですが、他にも話す事で私自身が恐怖を我慢できなくなる可能性が有ります。
そうなるとパニックを招く可能性があり、かなり危険な事になってしまうからです。
本来なら本丸探索をしなければならないのですが、もう精神的に限界なので、滝山城跡の探索を終える事にします。

----以上----

 


 ☆編集後記☆

戦国時代、この滝山城は1536年北条氏康、1552年上杉謙信、1569年武田信玄の諸豪からの猛攻を受け、それに耐えたとされていますが、史料の裏付けがあるのは信玄の来襲だけのようです。
信玄は、武田勝頼を総大将に8000から1万の軍勢で、上州から大菩薩峠を越え、本陣を多摩川の対岸拝島におき一斉攻撃をしかけました。
対する氏照の軍は2300ほどで、戦闘は苛烈を極め三ノ丸までは落ちてしまいましたが、何とか二ノ丸は死守したそうです。
また、氏照自身も手傷を負いながら槍を振るって奮戦したと伝えられている事から、落城寸前にての勝利だった事が分かります。
今回私達が進入した場所は、三ノ丸付近なので、かなり多くの戦死者が出た場所だと思われます。
そう考えると進入を躊躇うくらいの霊気の濃さも納得できます。
そして私達が探索した全ての道や城跡は激戦場所だったので、多くの姿無き者達の気配を感じたのも納得できます。
そこには今も無念の死を遂げた、多くの死者の魂が彷徨っているですから・・・
管理人:ピフィア

「滝山城跡」ここが関東遠征第一弾初日、最後のレポートとなります。
ここは前回ご紹介した「八王子城跡」の城主・北条氏照の八王子城の前の居城です。
全国的に有名な「八王子城跡」の影に隠れたような存在ですが、ここも落城することはなかったものの、師匠も書いているように武田軍との戦ではかなりの激戦が繰り広げられたようで、たくさんの犠牲者を出したことが容易に想像できます。
八王子城跡同様に私たちが進んだ道にもたくさんの血が染み込んでいることでしょう。
そう考えると、この後に起こった出来事も十分に予想されたものでした。
師匠も書いていますが、最初登り始めようとした時の雰囲気はかなり嫌なものでした。
あの登山道?の入口から少し行くと左にカーブしているのですが、私でもその先に敵意を持つ何者かの存在を感じることができたほどです。
それは、一時その場を離れ、他の侵入経路を探したあとに戻ってきた時は嘘のように気配が消えていました。
おかげで探索を始めることができたわけですが、やはり各所で今も報われぬ霊体に多数遭遇していたようです。
特に驚いたのは、中の丸跡から下山しようとした時です。
普通に歩を進めていた師匠が急に立ち止まり、私はあわや師匠と激突するところでした。
まさかあの時、師匠をめがけ生首が転がって来ていたとは・・・
あとでその話を聞いた時は、ゾッとしました。
この頃の私は探索にも慣れ、霊に対して必要以上の恐怖感を感じることがなくなっていました。
余程のことがない限り、パニックを起こすことはないという自信もありましたが・・・
やはり見えてしまった時のことを考えると、どうなるのか正直わかりません。それは今も同様です。
私はまだ、この目で霊の存在を確認したことがないわけですから・・・
あの時、探索のプロとしての師匠を再確認したように思います。
副管理人:kuni

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