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うさぎっ子恐怖館スマホ閲覧verです
しばらくの間、スマホからの閲覧はこちらでどうぞ。

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鐘ヶ坂隧道編

鐘ヶ坂隧道編

執筆者:ピフィア

恐怖度:

 

霊障指定(R指定)

※人によっては頭痛や、腹痛、体の痛みなど体調が悪くなる等の霊障が起こる可能性があるので自己責任で観覧して下さい。
ご覧になる方は体調が悪くなったら即ページを閉じて下さい。


嘗て篠山と氷上を結ぶ重要な交通拠点として市民生活や産業活動を支えた鐘ヶ坂峠、しかし丹波篠山の奥地にある鐘ヶ坂峠は険しい山中であったため交通の難所でした。
その問題を解決させる為に、篠山市と柏原町との境に、「鐘ヶ坂隧道」が掘られました。
鐘ヶ坂隧道は、明治13年 (1880)に着工し明治16年 (1883) に完成しました。
レンガ積みのトンネルとしては日本最古のトンネルで、延長268メートル、 幅員3メートル、約28万枚のレンガを使用し、延べ6万3000人が隧道工事にたずさわったそうです。
鐘ケ坂隧道は昭和に入り交通量の増大とともに、 バスを通すために高さを切り下げるなどの改修が行われましたが、鐘ヶ坂峠付近は地形が急峻で、 冬期には積雪や路面凍結による事故も多く、隧道も老朽化したため、昭和42年 (1967)新トンネルの完成により、84年の長き役目を終えました。
さて、そんな歴史深い「鐘ヶ坂隧道」の心霊的な噂なのですが「深夜、四つん這いで駆け回っている霊を目撃した。」「隧道に上がる山道で、多くの人が霊を目撃している。」等が主な噂のようですが、現在は新鐘ヶ坂トンネルも存在し、新旧どちらのトンネルでの噂なのか、判断に苦しみます・・・
長き歴史を持つ鐘ヶ坂隧道、噂はどうあれ過去にはいろんな出来事が有ったと思いますので、気を引き締めて探索したいと思います。


探索日:2004年2月7日
探索メンバー:管理人ピフィア、副管理人kuniの2名

 

鐘ヶ坂隧道は兵庫県探索ツアーで最初に訪れた場所です。
鐘ヶ坂隧道は険しい山の中に位置し、車では進入不可との情報を得ていた私達は、確実に目的地を見つけるために早目の出発となりました。
しかし、予想とは裏腹に鐘ヶ坂隧道は簡単に見つかりました。
時刻は午後5時少し前、少し待てば闇が訪れそうなので、下見をしながら闇の訪れを待つ事にします。
トンネルより少し離れた位置に車を駐車し、まずは坑口を撮影します。(写真は鐘ヶ坂隧道柏原町側の坑口です。)
まだ明るいので、下見のつもりだったのですが、隧道付近からは得も知れぬ圧迫感が既に漂っています。

 

上の写真左上側の拡大写真なのですが、悲しげな目をした顔が写っています。
2〜3人他にも寄添っているような感じがしますが、気のせいでしょうか?

更に坑口左上を拡大しました。
拡大写真の中央部分、坑口に設置されたゲートのアングル右側に、どう見ても私達を歓迎しているとは思えない、男性の顔が写っています。
得も知れぬ圧迫感は、この男性から発せられていたのでしょうか?

隧道に向って手前左側、私達が車を駐車した直ぐ側に建てられていたのですが・・・・
何なのでしょうか?
早速調べてみます。

 

一見、「慰霊碑・・・」と思える石碑です。
しかし石碑には「鐘坂隧道碑」と文字が刻まれている事から、どうやら慰霊碑ではなく記念碑のようです。
石碑には、隧道竣工から30年ほど経った、大正四年三月に隧道建設に関する銘が刻まれているようですが、所々しか読めませんでした。

石碑の側には、塀もしくは建物の基礎のように見える物がありましたが、これは寄附金提供者の名前が刻まれた記念碑のようです。
しかし、どちらの碑も見た目がとても不気味で、記念碑にはとても思えませんでした。

 

記念碑から道を挟んで、丁度、記念碑と向かい合うように、お地蔵様が祀られていました。
このお地蔵様ですが、向って写真右側は「法道仙人像(銘は文政十三(1830)年)」中央は「地蔵菩薩(宝暦四(1758)年)」左側は「修道落成供養塔(宝暦六(1760)年」で、これらは峠道中の安全を祈願して建てられたそうですが、元々は峠道に点在していたものを現在の位置に一まとめにしたそうです。
ところで、修道落成供養塔の右下側に人形のような物が写っていますが、何でしょうか?
拡大してみます。

 

蓑(みの)を羽織っている人形、もしくは藁人形のように見えますが、多分枯れ草と石とが重なって、偶然そう見えているだけなのでしょう。

再び坑口に視線を移すと、坑口上方に人工的に作られたと思われる石積みが見えます。
更に石積の下側にはアーチ状の影が見えます。
隠された隧道なのでしょうか?
鐘ヶ坂隧道に掲げられた扁額右上に積もっている雪が、頭蓋骨のように見えているのも不気味です。
これらを調べる為に隧道の上に、登る事にします。

鐘ヶ坂隧道に掲げられた扁額右上の頭蓋骨のように見える部分の拡大写真です。
積もった雪が偶然そう見えているだけでしょが、やはり不気味です。

隠された隧道と頭蓋骨を確認する為に、鐘ヶ坂隧道の上まで登ってきました。
登る前に扁額右上に見えていた頭蓋骨は確認出来ませんでしたが、何故か扁額の下に頭蓋骨のようなものが写っています。

偶然にしては出来過ぎているような気がします。
付近にもしかしたら頭蓋骨が埋まっているのかもしれません・・・・

 

下から隧道のように見えた所まで登ってきましたが、残念ながら凹部分が隧道に見えただけのようです・・・

「隠された隧道発見!!」ではなく残念でしたが、上からの眺めはなかなか良い眺めでした。

隧道上から下りて来た私達は、ここでのメイン探索である鐘ヶ坂隧道坑内の下見を行う事にしました。

 

坑口から坑内に入ると直ぐに水が溜まっていました。
この隧道は坑口に土砂が堆積しているので、坑内に水が溜まってしまったのでしょう。
愛用のデッキブーツを着用し水の中に入りましたが、思っていたより深そうです。
このまま進んでいいものか、迷います・・
写真には私を水の中に誘うかのように、オーブが現れています。

オーブの下に何やら写っているようなので拡大しました。
オーブの下には私を嘲笑うかのような顔が写っています。
かなり邪念が強く危険な感じがします。

慎重に先に進んでみましたが、水の中に溜まった土砂は泥状化しておりかなり踏み込みます。
このまま進むのはあまりにも危険なので、近くに落ちていた棒切れで泥の深さを調べてみる事にします。

棒切れを泥に突き刺すと、見る見るうちに泥の中へと潜っていきます。
写真でも分かると思いますが、30cm以上泥は堆積しているようです。
これ以上先に進む事は無理そうなので、残念ですが坑口付近からの探索となりそうです。

坑口付近からの探索ですが、幸いこの隧道は矢のように真直ぐなので、向こう側の光が見えています。
なので、坑内を移動しなくても霊的現象が起こればだいたい把握できそうです。
少し悔し紛れの私達を嘲笑うかのように、坑内奥にはオーブが浮かんでますが・・・

 

オーブを拡大すると、何となく私達を嘲笑っているかのように見えるので、何だか悔しいです・・・・

 

悔しいので坑内を望遠撮影してみました。
望遠にすると、かなり暗くなってしまうのが残念です。

壁が所々黒い染みになっているのが気になるので望遠で撮影しました。
滲み出しているのは水でしょうか?
水にしては“どす黒く”不気味で嫌な色です・・・

右奥の水面に白い塊が写っています。
オーブでしょうか?
拡大してみます。

オーブなのでしょうが、人が泳いでいるようにも見えます。
それほど悪い雰囲気は感じませんが、あまり寄って来てほしくはないです。

右側手前のどす黒い染みですが、水を黒く染めているようにも見えるので拡大してみます。

 

拡大すると、どす黒い血が水を染めているように見えます。
壊れた外壁も先程までは気付かなかったのですが、人が大勢座っているように見えて、気味が悪いです。

 

一旦下見を終え、しばらく車で待機していると、かなり暗くなってきました。
新道を走る車も既にライトを点けているので、そろそろ探索を開始する事にします。
 

私より一歩先にkuniさんが探索を始めていました。
そんなkuniさんを警戒するかのように、kuniさんの頭上左側にはオーブが出現しています。

一つ前の写真でkuniさんが撮影していた写真なのですが、坑口上にぼんやりと何かが写っているので、拡大してみます。

 

拡大すると坑口上側にかなりキツイ目をした男性の顔が写っています。
長く留まっている私達に怒っているのでしょうか?

隧道に近付くと、明るい時とは違い、坑口付近はかなり雰囲気が悪くなっていました。
明るい時でも不気味でしたが、闇の訪れとともに更に不気味さを増しているようです。

坑口に設置されているゲートから、恐る恐る坑内の様子を窺ってみる事にします。
 

坑内は明るい時と然程変化した様子は無いのですが、明るい時には向こう側の坑口が見えていたのが、当然の事ですが今は見えなくなっています。

坑内は不思議なくらい穏やかで静まり返っています。
その静けさが返って不気味に思えるほどです。

 

坑内を撮影しても、写真にはオーブ一つ写っていません。
なにもいないのでしょうか?
それでも、奥の方から息を殺して私達を窺っている者の気配を感じるのですが、気のせいでしょうか?

静まり返っていた水面に波紋が出来ました。
外から吹き込む風の影響かもしれませんが、水中を静かに漂うように私達に近付いてくる、いくつもの顔が見えます。

奥の方に、水に溶け込もうとしているオーブが写っています。
溜まっている水を使い、密かに私達に近付こうとしているように感じます。
頭が痛くなってきました。
これ以上留まるのは非常に危険な予感がするので、そろそろ隧道から離れようと思います。

隧道から離れようとした途端、坑内が急に騒がしくなりました。
やはり何者かが私達の方に近付いていたようです。
少し影響を受けたのか頭がズキズキします。

 

隧道からかなり離れたので、振り返り坑口を撮影しました。
坑口に何やら写っているので拡大してみます。

ゲートの金網にへばりつくように、いくつもの顔が見えます。
それでも何故か金網の外には誰も出られないようです。
この隧道に地縛している霊なのでしょうか?
もしかしたら、私達に憑依して外に出ようと企んでいたかと思うと、寒気を感じました。

再び記念碑まで戻ってきて撮影しました。
記念碑の上にはオーブが出現していますが、やはり慰霊碑とかではなくても、碑には何かしら霊を引き付ける力が有るのでしょうか?

記念碑の壁を良く見ると、所々に顔のような染みが浮かんでいます。
長年風雨にさらされ風化した為、そう見えるだけなのでしょうか?

拡大すると、髪の長い女性の姿と子供の顔のよう見えます。

 

鐘坂隧道碑には無数のオーブが浮遊しています。
やはり碑は霊を引き寄せる、何らかの力が存在しているようです。

 

並べて祀られているお地蔵様ですが、明るい時にはハッキリと確認できた右側のお地蔵様の姿が、今はほとんど確認できません。
撮影する角度がいけなかったのでしょうか?
それとも、見え隠れしているのでしょうか・・・

引いた位置で記念碑全体を撮影しました。
「鐘坂隧道碑」の周りを無数に浮遊していたオーブは、林の方で“じっと”しているようです。
「鐘坂隧道碑」の台座にも3つのオーブが“じっと”しています。
私達が少し離れたので落ち着いているのでしょうか?
ところで、よく目を凝らして「鐘坂隧道碑」を見ると、碑の中央部に緑色の染みが見えるので拡大してみます。

どう見ても生首のように見えます。
しかも今にも飛び出しそうな感じです。
もしも、こんな生首が飛んでいたら死ぬほど驚いた事でしょう。
飛び出さない事を祈るばかりです。

 

闇は深まり、この位置からだと隧道坑口はかなり見辛くなってしまいました。
見辛くなったのと反比例するかのように、隧道から発せられている霊気は強さを増しているように感じます。
私達は強まる霊気の中、これ以上この地に眠る者達を刺激しないように、静かに隧道を後にする事にしました。

---以上--- 


☆編集後記☆
今回紹介しました鐘ヶ坂隧道ですが、記事でも紹介している通り柏原町側からの探索です。
隧道内部は水と泥が溜まり、徒歩での坑内探索が出来なかったのが心残りな探索でしたが、坑口からの探索でも時間を掛けての探索だったので、かなり霊的な雰囲気の変化はお分かりいただけたと思います。
鐘ヶ坂隧道探索には、まだ明るい時に訪れたのですが、にも係わらずかなり怖いと感じた隧道です。
それは隧道から醸し出される雰囲気と、その周りに点在する碑の数々、いつ何が現れても不思議ではない、そんな雰囲気がそう感じさせていたのかもしれません。
碑は、書かれている銘文から記念碑だと薄々感づいていましたが、お地蔵様があまりに不気味で、もしかしたら「墓標かもしれない・・」と思っていました。
しかし、探索後いろいろと調べてみると、ほとんどが記念碑であることが分かりました。
ただ、お地蔵様と一緒に祀られていた中に供養塔も存在してた事から、そこに多くの霊が集まっていたのかもしれません。
今回写真には目で見えるような霊はあまり写っていいませんでしたが、私には霊的に相性が悪いらしく、探索中には頭痛、記事を執筆している時には頭痛、腹痛とで痛い思いをしました。

今回の探索では長居をしてしまったので、もしかしたらそこに静かに暮らす霊達を怒らせてしまい、その影響で痛い思いをしたのかもしれません。
もしそうだとしたら、ただただ反省するばかりです。

管理人:ピフィア

旧鐘ヶ坂隧道。
ここを探索物件としてピックアップしたのは、関西のあるサイトにUPされていた画像を見たことがきっかけでした。
それは昼の画像でしたが、生い茂る雑草に木々の枝、そこに立ち上る濃厚な靄の奥に旧鐘ヶ坂隧道は存在していました。
私はこの画像を一目見た時に「ここは絶対夜に探索したい」と思い、位置情報をデータとして記録した記憶があります。
正直言って、兵庫最恐の心霊スポットと言われる相坂隧道よりも遥かに興味を持った物件でした。
探索当日、私たちは思いのほか早く現地に到着してしまいました。
私は旧道に入ったら車をそこに置き、約6〜700m程の険しい山道を登らねばならないと思っていたのです。
それは参考にさせていただいた某サイトのレポートを読み違えていたからでした。
私たちがアプローチしたのは旧隧道の西側からであり、レポ中で険しい山道云々の記述があったのは東側だったのです。
なにはともあれ、旧鐘ヶ坂隧道を目の前に見た時、「いやぁ〜、やっぱりここは何かあるね」と私はハッキリと確信を持ちました。
出かけたのが冬ということで、隧道を覆い隠すような雑草や木々の枝はありませんでしたが、あの画像を見たときに感じた感覚が蘇ってきました。
まだ明るい時間帯だったというのに、かなり不気味な雰囲気を醸し出し、「これは・・・夜はかなり期待できるぞ」と思ったものでした。
ところが、あの水です。
隧道内に水が溜まっていることは予想して、長靴も持参していたのですが、まさかあんなに深いとは思ってはいませんでした。
「あの水さえなければ、隧道内を歩いて、もっと迫力あるレポートに仕上がったのに」と思うととても残念でした。
しかし探索中、また記事を書く時に師匠が受けた霊障と思われる症状を考えれば、もしかしたら入れなかったのはラッキーだったのかもしれませんね。

副管理人:kuni

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